本当の自分を思い出す旅

日々の気付きや感じたこと

母親への執着を手放せた

過干渉過保護、怒りで支配し、人の人格全否定、全て人のせいの母親、イライザみたいな姉、無関心の父親、凄い家庭で育った私。

母親を恨み、家族が大っきらいだった。

でもそれって自分を苦しめる事だった。

脳を理解する事で、母親は本当に私を愛してなかったのではなく「それしか出来なかった」のが腑に落ちた。

色々な経験をし、人は自分を守ろうと本来の自分から離れ、扁桃体過活動になり、大脳優位で生きる様になってしまう。

母親は、その脳の状態だったので、優しく愛する事が全く「出来なかった」んだよね。

きっと、自分が食べる事が出来た事でしか愛を感じられないで育ったんだろうね。

食事を作る事だけ一生懸命だった。

そうでしか愛というものを表現する事が分からなかったのかも知れない。

私の望む愛では無かったけれど、確かに愛されていた。

よく寝ていつもニコニコしていて、一人でも楽しく遊べる私を可愛かったと言った事があった。

そんな風に可愛いと思う娘にさえああいう言動だったのは、母親本来の姿ではなく、脳がそうなっていたから「そうしか出来なかった」んだよね。

それが理解出来たら、母親への憎しみが無くなり、家族への執着が手放せた。

ずっと長い間握りしめて許せないと執着する事で、自分を苦しめていたんだよね。

もう、家族を何とも思わなくなった。

自分を生きようという方向に進み始めた。

これからだな。

真実の愛

ようやく真実の愛で生きている人に巡り逢えた。

同時に、やっと魂の仲間に巡り逢えたのかも知れない。

自分も、真実の愛の本当の自分に戻れそう。

もう外側のスピリチュアルは何もいらない。

私利私欲の世界はもうたくさん。

真実の愛で生きている仲間と、真実の愛の世界を生きよう。

 

感情について

以前、感情の取り扱い方というブログを書いた。

私には3つの視点がある。

1つは自我レベルの視点、もう一つは魂レベルの視点、もう一つは意識レベルの視点。

感情の取り扱い方を書いた時は、覚醒的な意識レベルでの気付き。

でも、そのレベルに行く前に、自我レベルで感情を大切に受け入れて、自分で自分の感情に100%味方になってあげる事がとても大切だったんだって気付いた。

まずは自我を分かってあげる事。

私は3つの視点がある事で、自我を大切に出来てなかった。

まずは自我に寄り添い、めいいっぱい愛そう。

ストーリー上だけど

YouTubeを開いたら、月の裏側に鳥居というのが出て来たので開いてみた。

大昔、WSに参加中に自分の故郷の星に行ってみようってなって、一瞬でぴゅんと着いちゃったんだけど、そこは巨大な赤い鳥居があって、十二単の着物を着ているところ。

鳥居がメチャメチャ大きくて、あっ龍だからそれに合わせて大きいのかぁくらいにしか思ってなかったんだけど、こういうのが大騒ぎになってるっていうところを見ると、他の人にとっては不思議な事なのかも知れないな。

探査機かぐやっていうのが写したらしいけど、まんまじゃんって笑っちゃった。

龍の魂グループの記憶にかぐや姫もあるからね。

まあでもこれもただのストーリー。

もう頭の世界はみーんないらない。

頭の世界に本当に大切なものなんか1つもない。

本来の世界に戻ろう。

感情の取り扱い方

「みんな間違っている、感情もただあると見ればいい」

そんな事を感じながら目が覚めた。

小さい頃の傷付いた傷を癒そうと、その時の感情を一生懸命思い出そうとしても「苦しみがある」「悲しみがある」って感情と一体化してなくてまだちゃんと見れてたんだよね。

本当、小さい頃は正しく生きていたんだねぇ。

今迄の振り返り

思い起こせば、2011年の3月の震災と同時に始まった私の真実探求ストーリー。

本当に大変で大変で、大変だった辛かったしかない。

でもそれももう終わりを感じている。

今の私はとても穏やかだ。

娘達が子供を身ごもるまでに愛で生きられる様になっていたい。

ずっと必死だった。

本当に間に合った。

来年長女が結婚する事になった。

世代間連鎖だけはさせたくなかった。

こんな辛い思いを、娘や生まれてくる子供達にがしないですむ様にしてあげたかった。

大切な人を想う気持ちが私をここまで頑張らせてくれたと思う。

気が付いたら、娘達はそれぞれ自分の道をしっかり進めていた。

もう、「私が何とかしなければ」「私が幸せにしなければ」なんて必要無かった。

私は、ただ心に寄り添っているだけでいい。